ジブリ

千と千尋の花束の理砂はポニョに出てくるそうすけの母リサ?

こんにちは!Curieです。

「千と千尋の神隠し」の冒頭、千尋が車内で手にしている花束のメッセージカードの差出人「理砂」について、

「崖の上のポニョ」の宗介の母親・リサと同じ名前であることに疑問を持つジブリファンもいるのではないでしょうか。

果たして二人は同一人物なのでしょうか?

今回はこのテーマに対して、考察していきたいと思います!

※以下、ネタバレ含みます。ご注意ください。

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同一人物の可能性

根拠①:髪型が似てる

偶然とは考えにくいのですが、理砂の絵は簡易的でありながら、宗介の母リサと酷似しています

わざわざ同じ名前にしていることはひとまず置いておくにしても、髪型まで似ている点は気になりますね。

メッセージカードの理砂の顔の絵は、小学生が描いたものらしくシンプルにしなければならないとはいえ、リサの髪は結んだり伸ばしたりすることも製作者側はできたはず。

子どもと大人で、たとえ同一人物であっても髪型は変化が激しいものですが、わざわざ似た髪型に描写している点で、理砂とリサは関連していると私たちに伝えているのではないでしょうか?

根拠②:時系列的に問題ない

「千と千尋の神隠し」は2001年、「崖の上のポニョ」は2008年に公開され、両作品ともに時代設定は現代の日本です。

理砂は千尋の年齢設定と同じ10歳、リサは25歳と、この15年の差は両作品がリリースされた年の差7年という現実の時間差とは合いませんが、

共通の時代背景で子から大人への順番がリリースの順番と合っています

このことから全国公開された映画を観る側としては、時系列的にも理砂とリサが同一人物と連想するのは自然なのです。

「理砂」と「リサ」の関連性の考察

絆を大切にする性格

「崖の上のポニョ」のリサは、仕事柄ずっと家を留守にしている夫・耕一と離れている寂しさを抱えながらも、女手一つでたくましく宗介を育てている生活シーンがしっかりと描かれ、絆を大切にする性格が強調されているように見て取れます。

一方「千と千尋の神隠し」の理砂は、シーンは描かれていませんが引越しをする千尋にスイートピーの花束を贈っていて、スイートピーには「門出」「別離」「優しい思い出」「私を忘れないで」の花言葉があります。

「元気でね また会おうね」のメッセージカードとともに贈った花束、そしてその花の花言葉から読み取れることは、離れていても千尋との絆を大切にするという理砂の気持ちです。

両者は、絆を大切にする性格が共通しています。

たしかに、これだけでは両者が同一人物と裏付ける根拠にはなりません。

しかし、小学生が引っ越しをする同級生の友達にスイートピーの花束を贈るなんて、現実的に考えてかなり特徴的ではないでしょうか?

仲の良かった小学生の子が贈るなら、手紙とか写真とか二人の思い出の品あたりが妥当な気がします。

花だと枯れてしまうし、お金もかかるし。

だからこそ、理砂がどういう性格なのかがメッセージカードとともに花束で強調されている、むしろそれ以外の描写がないことから彼女を示す強烈な情報と見ることはできないでしょうか。

誕生日に花を一本だけ貰った経験はあるものの、花束を貰ったことはこの頃の千尋にとってかなりうれしかったようで、お守りのように車の中でずっと握りしめていました。

小学生の頃からのこの理砂の「絆」を大切にする性格が、後のリサに描かれる日常を生きるエネルギーの根底にあるものに通じていると、両者を関連づけることはできます。

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同じ時代のテーマがそれぞれの切り口で示されている

両作品の時代背景は現代の日本社会ということで、ストーリーは違えど本質的には共通のテーマを持ち、かなり遠回し気味ではありますが、そこに千尋と理砂ないしリサの関連性を見ることもできます。

まず「千と千尋の神隠し」ですが、千尋は家族もろともトンネルを通り現実世界から異世界に迷い込んでしまいます。

この時点で現実世界で千尋を待っているのは、父親でも母親でもなく、作中の描写では理砂だけということになります。

ストーリーで描かれているのは、受け身で無気力な千尋は死に、たくましくなって元の世界に再誕生するプロセスで、現代の日本社会を生き抜くための精神的成長です。

一方の「崖の上のポニョ」では、ポニョが人間になりすまして宗介に会いに来るという、異世界側が現実世界にやってくるストーリーです。

それによって世界のバランスが崩れてしまうのですが、ポニョの意思は変えられません。

そこで宗介はトンネルの先の異世界から迎えられ、そこからやってきたポニョの正体の全てを受け入れることで、世界の秩序は調和をとり戻し、もとの現実世界にポニョやリサたちと戻ってくることに成功します。

リサは、ポニョを引き寄せた宗介を一度手放し、彼自身が決める道を見守るという母親の精神的成長に関わる生と死を経験します

現代の日本社会を生きるということは、精神的な成長の試練・生死のプロセスが、通過儀礼としてあるようですね。

ここに、現代社会を生きる少女が自ら異世界に迷い込んでしまうお話に、迷い込まなかったとしてもいずれ向こう側から現実世界にやってくるとでも言わんばかりの、現代社会を生きる母親のお話が続いてやってきたような気がしませんか?

異世界に行った側と、現実世界にいた側の、生死を経験する精神的成長の試練と成功が、同じ時代のテーマを背負う千尋とリサ(理砂)の繋がりを感じさせます。

両作品を観る側としては、時系列的にも違和感なく、作中に描かれずとも、別離をとおして成長しあう目に見えない絆が千尋とリサ(理砂)の間にあるように思えてなりません。

まとめ

いかがでしたか?

「千と千尋の神隠し」の理砂と「崖の上のポニョ」のリサが同一人物であるという噂に対して、確たる証拠は作中のどこにも、又スタジオジブリ側からの説明もありません。

しかし、そうと考えられる要素はあり、その考察や解釈もさまざまです。

本記事では私なりの考察を書いてみましたが、二人が関連していたら夢のある話ですよね!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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ABOUT ME
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Curie
大学を卒業後旅行会社に就職するも、不自由な生活に疑問を感じ退社。 自由に国内外を飛びまわれる未来を夢見て、ノートPC1台で生活できる基盤に挑戦中。 食べることと旅がすき。